『坂の上の雲』の町・松山をめぐる

「四国は伊予松山に、三人の男がいた。
 この古い城下町に生まれた秋山真之は、日露戦争がおこるにあたっては勝利は不可能に近いといわれたバルチック艦隊を亡ぼすにいたる作戦をたて、それを実施した。
 その兄の秋山好古は、日本の騎兵を育成し、史上最強の騎兵といわれるコサック師団を破るという奇蹟を遂げた。
 もうひとりは、俳句、短歌といった日本の古い短詩型に新風を入れてその中興の祖となった正岡子規である。
 彼らは、明治という時代人の体質で、前をのみ見つめながら歩く。上ってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて坂を上ってゆくであろう。」   NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」より
 
 

 一昨年まで3年間年末にドラマ「坂の上の雲」をしっかり見続けた私たちには、松山はとても楽しみにしていた町でした。ドラマのオープニングで3人が坂を駆け上っていく松本城。行ってみました。
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 松山や 秋より高き 天守閣    子規 
 標高132mにある松山城。途中まではリフトで上ってから天守閣をめざしましたが、高く高くかんじたのでした。偶然会ったアンガールズの2人。坊ちゃんや校長に扮していて暑い中、仕事とはいえ大変だと思いました。

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  これはこれはこれはことしの熱さかな  子規
 
 子規記念博物館の建物には、この俳句の大きな垂れ幕が下がっていました。今年の千年猛暑、子規もびっくりの暑さです。ホテルの人に車で送ってもらい、開館と同時に入り静かな中でじっくり見学。子規の人となりがよくわかりました。

d0111216_11343511.jpg 最後に行ったのが、「坂の上の雲ミュージアム」。広い壁一面に展示された司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の産経新聞の連載1296回分は圧巻でした。日本史ではさらっと通り過ぎてしまった明治時代。その激動の時代を力強く生きた3人の人生に学ぶことが多かったです。
 見終わった後は、カフェでお茶。

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 窓の外には、松山城山の緑の中にフランス風建築の「萬翆荘」。美しい景色をながめながら、砥部焼のカップでコーヒーを楽しみました。
d0111216_1403452.jpg 「坂の上の雲ムジューミアム」を出る時、門前で守衛さんといっしょに記念撮影。本物だという勲章を付けた秋山好古風。
 この日はたった4時間ほどの松山めぐりでしたが、しっかり明治時代を味わうことができました。

 
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by naninunenonko0905 | 2013-08-09 00:12 | おでかけ