告別式、そして・・・。

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叔母が亡くなりました。75才でした。
5月末、病院にお見舞いに行った時には、持って行った「千疋屋のフルーツゼリー」を「おいしい」と言って、時間をかけて食べてくれました。
ふたりで握手して別れたのが最後になってしまいました。

長野県佐久平の家で行われた自宅葬には、身近な人たちが集まりました。
厳かだけれどほのぼのとした、いい告別式でした。
その日は、雨。時にはざあーっと降ることもありましたが、火葬場への行き帰りには雨は止み、一度も傘を出さずにいられたのは、叔母のおかげにちがいないと思ったのでした。

すべてが終わってから、フランス料理店で叔母の写真を囲んで清めの会が開かれました。
献杯の音頭を取ったのは、中国人のTさん。
Tさんは、叔父が中国旅行した時通訳をした縁で,その後日本へ留学した3年間、叔父の家の2階に下宿したのだそうです。
その間、叔母は食事の世話はもちろん、夜遅くまで勉強していたTさんに、お茶とケーキを毎晩部屋に運んできてくれたそうです。
バイトで遅く帰っても、玄関の明かりが見えると「待っていてくれる人がいる」とどんなに心強かったかと話していました。
現在は、北京で会社を経営しているそうで、叔母のことを「日本のお母さん」と言い、時々声を詰まらせながら思い出話をしてくれました。

やさしかった叔母との思い出は、私にもたくさんあります。
特に、ここ5年間は実家の父母がかわるがわる入院しましたが、そのたびにキャリーバックを引きながら来てくれました。
母が85才まで生きられたのも、叔母のおかげだと感謝しています。
母に次いで叔母まで亡くなってしまい、とてもさびしいです。

昼食を食べながら、皆と歓談しました。
いとこたちは、みんな40才から50才代。
「○○ちゃん」と呼び合い、昔話に花が咲きました。

帰りに叔母の写真をまん中に、記念撮影しました。
全部で25人。
母方の6人の兄弟は亡くなってしまいましたが、いとこ同士、これからも仲よくやっていきます。

帰宅後、パソコンに写真を取り込んで見てみたら、みんな晴れやかなとてもよい顔で映っていました。
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Commented by メロン at 2008-07-20 12:04 x
涙雨を最後に梅雨明けしてしまいましたね。
今日はとても暑いです。
Commented by miyotyann at 2008-07-20 20:43
やさしかった叔母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
去年、お母様を亡くされ、さらに深い悲しみとお察しいたします。

叔母様の功徳が、雨をもさえぎりました。
きっとこれからも、のんこさんご一族のお幸せをお導き下さいましょう。
                                      合掌
Commented by のんこ at 2008-07-21 09:19 x
♪メロンさま
お疲れ様でした。
忙しい1日でしたが、お互いお葬式に参列できてよかったですね。
昨日の暑さとはうってかわって、今朝は涼しいですね。
Commented by のんこ at 2008-07-21 09:28 x
♪ミコさま
お悔やみのことばをありがとうございます。
母が亡くなってから「あの世」を信じるようになりましたが、母と叔母はとても仲よしでしたから、再会して喜んでいると思います。
そう思うと、心が休まります。
Commented by プアケニケニ at 2008-07-21 22:40 x
叔母様を亡くされてさぞ心落とされたことでしょう
私も4月に叔母を亡くしました。89才でした。母と二人だけの姉妹だったのと家がお互いに近いので仲がよく大好きな人でした。さびしい事ですね。のんこさんが言うように母と再会してると思うと心が休まりますね。
Commented by のんこ at 2008-07-22 10:11 x
♪プアケニケニさま
プアケニケニさんも、叔母様を亡くされたのですね。
この年齢になると、次々と悲しいことが続きますね。
でも、母も叔母も「お見事!」という最期でした。
これから私もしっかりしないと、ふたりに笑われてしまいそうです。
by naninunenonko0905 | 2008-07-19 23:45 | おでかけ | Comments(6)