カテゴリ:旅の思い出( 38 )

梅雨に入り、うっとうしい日が続きますね。

こんな時なつかしく思い出すのが、アイルランドのこと。
どこまでも続く草原と真っ青な空。
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これは、「ニューグレンジ」という巨大古墳。世界遺産に登録されています。
高さ11m、直径79~85mという大きさで20万トンもの石と土で造られた、お椀をかぶせたような形の塚です。
これが、なんと5000年以上前の新石器時代のものだというから驚きです。
アイルランド語で「太陽の洞窟」を意味するニューグレンジ。
内部には、墓に続く十字型の通路があり、1年で最も日の短い冬至に陽光がまっすぐ墓室に届くように設計されているそうです。
この古墳には、謎がいっぱいです。
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渦巻き模様が施された97個の石が外壁を囲んでいますが、この渦巻きは装飾ではなく宗教的な意味があるのではないかといわれています。
この石は石英ですが、周辺に石英はなく遠く80kmも離れたウィックロウあたりから運ばれたのではとのこと。
こんな大きな石をどうやって運んだのでしょう。
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アイルランドへは、3年前のちょうど今の時期に行きましたが、気温20度くらいでからっとしていて快適でした。
滞在した1週間は晴天続き。
旅行ガイドブックによると、「アイルランドでは、1日のうちに四季がある」と言われるくらい天気が変わりやすいそうです。晴れたと思ったら突然雨が降り、降ったと思ったら突然止むのだそうです。
私たちを車で案内してくれたKさんもびっくりの上天気。
私が「晴れ女」だということが証明されたのでした。
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by naninunenonko0905 | 2009-06-17 00:11 | 旅の思い出

アイルランド旅行中、ベルファスト郊外の「ローワラン・ガーデン」を散策しました。
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6月中旬、シャクナゲやアザレア(西洋ツツジ)が咲き誇っていました。
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d0111216_21484267.jpg小道を進んでいくと、奥の方にはステキな家がありました。
子どもの頃、大好きだった「秘密の花園」(バーネット原作)の話を思い出しました。
孤児となったメアリは、イギリスのおじさんの屋敷に引き取られます。
そこで、病気の男の子(いとこ)に出会い、「秘密の花園」で楽しく遊びまわります。

d0111216_21524536.jpgそのうち、男の子はすっかり健康になり、わがままだったメアリも素直な心を持つようになっていくという話です。
だれも入ってはいけないことになっていた「秘密の花園」。
メアリが、偶然入り口の鍵を見つけます。
ここの「ウォールガーデン」は、メアリたちが楽しそうに遊んだ庭のようだと思いました。


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d0111216_21541711.jpg園内には、大きな木が生い茂り、泉や小川もあります。

一見手つかずの自然のように見えたのですが、ここは本来、岩だらけの痩せた土壌だったそうで、50年かけて作り上げた庭園なのだそうです。

遊歩道をどんどん進むと、とても大きな木が見えてきました。

アイルランドは、妖精の国。
木の陰から、妖精たちがひょっこり現われてきそうな気がしました。
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by naninunenonko0905 | 2008-07-13 23:36 | 旅の思い出 | Comments(4)

旅行の前に、20年前のわが家の家族新聞を見てみました。
ありました。「仙台、松島旅行」の号が・・。
その時は、夫の運転する車で行ったのですが、帰りの車中で皆で作った歌が、そこに書いてありました。
その後、長女が振り付けし、盆踊り風に踊りながら歌って盛り上がったのを憶えています。

今回の旅行ではその新聞を持って行き、帰りの新幹線の中で皆に見せました。
とても懐かしがってくれましたが、「2番までしかないから、3番を加えてはどう?」という私の提案には、だれも乗ってはくれませんでした。
そのため、ひとりで作ってみました。
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みちのくブンガチャッカ節>   
                                   作詞作曲:なにぬね家一同

d0111216_2311462.jpg1.青葉山には 政宗さんがヨー  
  馬にまたがり 市内を見下ろす
     ブンガチャッカ  ブンガチャッカ
  わたしゃ見ました見ました ヨホホイノホイ
  瑞鳳殿に 博物館
     ブンガチャッカ  ブンガチャッカ
     ブンガチャッカ  ブンガチャッカ

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d0111216_2342451.jpg2.松島湾に 舟乗り出でて
  みんなワイワイ 島めぐり
     ブンガチャッカ  ブンガチャッカ
  わたしゃ見ました見ました ヨホホイノホイ
  五大堂に 瑞巌寺
     ブンガチャッカ  ブンガチャッカ
     ブンガチャッカ  ブンガチャッカ
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20年の時を経て
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                                             作詞:のんこ
d0111216_2318784.jpg3.幾年ののち みちのく来れば
  変わらぬ美景に 感無量
     ブンガチャッカ  ブンガチャッカ
  わたしゃ食べたよ食べたよ ヨホホイノホイ
  牛たん ずんだに 海の幸
     ブンガチャッカ  ブンガチャッカ     
     ブンガチャッカ  ブンガチャッカ

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by naninunenonko0905 | 2008-06-13 00:06 | 旅の思い出 | Comments(8)

日本三景の一つ、松島へ

家族旅行2日目は「松島」を観光しました。
まずは、宿泊した松島センチュリーホテルから近くの福浦島へ。
d0111216_23123752.jpg朱色も鮮やかな全長252mの鉄筋コンクリート橋を渡っていきます。
私が中1の時、母や兄弟、祖父母と橋を渡った時は、木造の橋でした。今の橋が完成したのは1967年なので、訪れた直後だったようです。
橋を渡ってからは、植物園のような福浦島を散策しました。


そのあとは、遊覧船に乗って島巡りの予定でした。

ところが、ここでアクシデント!なんと、私がデジカメを途中に置き忘れてきたのです。
娘に取りに行ってもらいほっとしたのですが、乗るはずだった遊覧船には間に合いませんでした。
d0111216_23353739.jpgそこで、13人定員の小さな観光船に乗って出発しました。
船内で「かもめのえさ」を買いました。
「かっぱえびせん」です。
指から直にはこわいので、投げました。
初めはタイミングがつかめませんでしたが、そのうちに慣れて楽しくなりました。


d0111216_2336722.jpgでも、だんだんかもめの数が多くなり、ヒッチコックの映画「鳥」のような状態に・・。
そのうち、えさがなくなったので、かもめもいなくなり、やっと島巡りに集中できました。

船長さんの案内で、たくさんの島を見て写真も撮りました。

その中から、伊達政宗に関するものを・・。


「在城島」・・・政宗公が月見の宴を開いた島だそうです。
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「千貫島」・・・政宗が湾内を遊覧した時、この島の形が気に入り、「この島を余の館に運ぶ者あらば、銭千貫を遣わす」と言ったそうです。
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「五大堂」・・・807年坂上田村麻呂が東征の折、建立したのが最初だが、現在の建物は1604年に政宗が再建したそうです。
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ここ松島は、海と岩と松(ここは赤松が多いとか)が絶景を作り、観るものを楽しませてくれます。

私は、初めて訪れたのが13才、2度目が33才、そして今回3度目53才と偶然ですが、20年ごとでした。
こうなったら、次回は73才に来なくてはと思いながら、この地を離れたのでした。
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by naninunenonko0905 | 2008-06-12 00:40 | 旅の思い出 | Comments(6)

杜の都、仙台へ

d0111216_22481985.jpg今年の家族旅行は、「仙台松島」でした。
心配だったお天気は、快晴。
子どもたちと、夫と私は仙台駅で合流しました。
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<ぶらり>
市内循環観光バス「るーぷる」に乗り、青葉山の仙台城跡へ行きました。

d0111216_22485468.jpg20年ぶりに再会した政宗(騎馬像)は、仙台市内を見下ろしています。
仙台は100万都市だそうですが、下の写真のように広瀬川の向こうには緑がいっぱい、さすが「杜の都」と言われるわけだと思いました。
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バスツアーで来た一団に紛れて、ガイドさんの話を聞いたところ、「政宗の身長は159cm、血液型はB型」だそうです。渡辺謙のイメージが強く、意外に小さい人だとわかりびっくりしました。

<味わう>
仙台名物といえば牛タン
市内のあちこちに専門店がありました。
私たちも行列に並んで、「伊達の牛たん」に入りました。
私が注文したのは、「厚切り芯タン(塩焼き味噌焼きミックス)」。
さすが、炭火で焼いた本場の牛タンはおいしかったです。
5回目の仙台訪問で、初めて牛タンを味わえて大満足でした。
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by naninunenonko0905 | 2008-06-10 23:06 | 旅の思い出 | Comments(4)

先日、テレビで映画「タイタニック」を見ました。
見たのは9年ぶりの2回目でしたが、アカデミー賞を総嘗めした作品だけあって、あらためて深い感動を憶えたのでした。
d0111216_2092656.jpg映画の中の甲板でのシーン。
「タイタニック号は、実はアイルランドで造られたんだよ」とおそらくアイルランド人であろう青年が得意そうに言い、それに対してジャック(レオナルド・ディカプリオ)が「イギリス製かと思ったよ」と言う件がありました。
その時、私はアイルランド旅行でのひとコマを思い出しました。


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北アイルランドの首都ベルファストは、私にとって行くまでは暗くて怖いイメージがありました。
テロのニュースでよく耳にした地名だったからです。
実際、IRSの活動が活発だった頃何度も攻撃のターゲットになった「ヨーロッパ・ホテル」の中に入った時は、怖いと感じました。
でも、見てまわった街は、今では平和そのもの。
ヴィクトリア朝時代の建物が多く残るすてきな街でした。d0111216_21254290.jpg
左のは、「シティホール」
石灰岩を使った堂々たる建物で、ネオルネッサンスの傑作と言われているそうで、現在は市庁舎として使われています。
このホールの正面には、ヴィクトリア女王の像がありました。
そしてホールの左には、「タイタニック号追悼碑」がありました。


d0111216_21431651.jpgd0111216_21433446.jpg
















その時は、「なぜこの地に」という疑問が浮かびましたが、それはすぐに解決しました。
街を車で東に向かうと、タイタニック号が造られた造船所、H&W社の巨大なクレーンが見えたからです。d0111216_21493819.jpg
もともと小さな漁村でしかなかったベルファストは、造船業を中心とする工業によって、ヴィクトリア女王の統治時代に大きく発展したのだそうです。
北アイルランドが、アイルランドの独立後もイギリス領に残ったのは、ベルファストの持つ工業力のためだったという説もあると聞いて、なるほどと思ったのでした。
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by naninunenonko0905 | 2008-04-01 22:42 | 旅の思い出 | Comments(4)

映画「麦の穂をゆらす風」を見ました。

この映画は、アイルランドの独立戦争と内戦(1920年)を描いたもので、2006年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞したそうです。
アイルランドをいっしょに旅行したMさんから、「いいから見て」と勧められていました。
しかし、その時は映画館での上映が終わっていたので、レンタルされるのを待っていました。
最近いとこのKさんと話した時、Kさんもこの映画を見たとのことだったので、私も見てみました。

Mさんが言ったように、非常に心を打つ作品でした。
また、Kさんが言うように、心が痛くなりました。
イングランドとアイルランドの根強い対立。その後、アイルランド人同士が敵味方になる内戦に・・・。
悲しすぎる結末に、むなしさとやるせなさが、私の心を重くしました。

大好きな国、アイルランドにこんな悲惨な過去があったとは・・・。

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アイルランド旅行中にも、アイルランドの歴史を物語るものを見ました。
北アイルランドのベルファストで見た政治的な壁画です。
カトリック、プロテスタントの各居住地域に点在していました。
アパートや店や倉庫の壁に描かれていましたが、それらを見るとアイルランドの経てきた辛い過去を知ることになりました。
d0111216_23572221.jpgアパートの壁に描かれているのは、じゃがいもの立ち枯れ病による大飢饉(1845年~1849年)の様子
この飢饉で、百万人が餓死、百万人がアメリカなどに移住したそうです。
アメリカ大統領だったジョン・F・ケネディ、ロナルド・W・レーガン、ビル・クリントンは、この時移民したアイルランド人の子孫だと聞きました。

下の写真は、独立戦争や北アイルランド紛争を描いたもの。黒い覆面はIRAの兵士。
前年にもここで発砲事件があったと聞き、まだ完全な和平には至っていないのかもしれないと思いました。
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これは、近年を描いた壁画
好景気で活気のある都市、若者が楽しげにくつろいでいます。こういう壁画を見るとほっとします。

この地域は、カトリックとプロテスタントの居住区がはっきりと別れていて、今も交流がないのだそうです。
2つのグループが長い間対立してきた結果、人々の心には、簡単には埋めることのできない溝ができてしまったのでしょうか。

私たちは、壁画を探すために何度も道を尋ねましたが、どちら側の人もとても親切に教えてくれました。
お店の人は道まで出てきて、駅員さんも車の所まで来て、肩を抱くようにして方向を指差しして教えてくれるのです。そして、別れる時は、必ず満面の笑みで「よい旅を!」と言ってくれました。
とてもフレンドリーですてきな笑顔の人たちでしたから、皆が仲良く暮らせたらいいのにと心から思いました。
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by naninunenonko0905 | 2008-01-23 00:24 | 旅の思い出 | Comments(2)

駅弁を食べながら

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テレビで、京王百貨店での駅弁大会の様子をやっていました。200以上の駅弁が集まるとか。
わが家では毎年今頃、近くのスーパーでの駅弁大会で30種類の中から選びます。
今年は、旭川駅の「蝦夷わっぱ」と米沢駅の「牛肉三昧」を買いました。
私は「蝦夷わっぱ」。海の幸、うに、かに、いくら、ほたてが一度に楽しめました。
「牛肉三昧」もちょっと味見させてもらいましたが、味がしっかりついた米沢牛、おいしかったです。

駅弁を食べながら、小さい頃の旅のことを思い出してしまいました。
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それは、私が5才の頃、母と兄と姉、そして祖母、叔母の6人で行った新潟への旅です。

今なら上越新幹線で東京から新潟へは2時間余りで行けますが、その当時は、朝早く出て、何度か列車を乗り継ぎ、新潟県の村上市へ着いたのは、おそらく夜だったと思います。
途中の駅で、兄が駅弁とお茶を買いに行き、発車のベルがなったのに戻ってこなくてハラハラしたのを憶えています。
トンネルがとても長かったのも憶えています。

私たちは海辺(瀬波温泉)の旅館に行ったのですが、通されたのは2階の大きな部屋。
窓の向こうは海で、波の音が大きく聞こえます。
夕方になると、大きな夕日が水平線に吸い込まれるように沈んでいくので、幼い私には異様に感じられ、こわくなって大声で泣き出してしまいました。

そんな私のため、母は宿の人に言って、せっかくの眺めのいい部屋から、玄関近くの部屋へと替えてもらったのでした。

その旅の写真はたった3枚しかないのに、私の記憶は、どうしてこうも鮮明なのでしょう。

やさしかった祖母も母も、もういません。
ですから、この思い出は、私には宝物のように感じられます。
いつまでも、心の中に大切にしまっておこうと思います。
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by naninunenonko0905 | 2008-01-13 20:02 | 旅の思い出 | Comments(4)

 Kさんへのクリスマスカードから
d0111216_23434955.jpgKさん、その後いかがお過ごしでしょうか。早いもので、アイルランド旅行から1年半も経ってしまいました。
私は、今、IL DIVOのクリスマスCDを聴きながら、聖パトリック教会を思い出しています。ヨーロッパでのクリスマスはさぞかしステキなことでしょうね。・・・略・・・
このカードは、先日長女と歌舞伎を観に行った日、銀座鳩居堂でもとめたものです。ふたりとも、たまたまアイルランドで買った指輪(クラダリング)をしていて、「あの旅行はとっても楽しかった~」と思い出話をしましたよ。・・・略・・・
Kさんは、きっと今も日本からの旅行者を車に乗せて、アイルランド中を走り回っていらっしゃるのでしょうね。
では、すてきなクリスマスと、よいお年をお迎え下さい。
                          のんこ より 
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 <聖パトリック大聖堂> 
d0111216_0243777.jpgここは、1週間の旅行の最後の見学場所でした。閉館時刻の迫った夕方に行ったので、見学者は少なく、静かで厳かな雰囲気でした。

首都ダブリンにあり、アイルランドで最も大きな教会です。「ガリバー旅行記」を書いた作家ジョナサン・スウィフトが司祭長を務めたこともあるそうです。


d0111216_0185046.jpgこの教会は、ヘンデルのオペラ「メサイア」が初演されるなど、音楽堂的な役割も担っていたそうです。
ここで、賛美歌を聞くことができたら、どんなにすばらしかったことでしょう。

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こうして今、大好きなIL DIVOのクリスマスソングを聴いていると、この教会の中に立っているような気がします。(右のライフログにCDの紹介をしました)

ウルスの澄んだ声で始まる「O HOLY NIGHT」や、「THE LORD'S PRAYER」の迫力ある歌声と鐘の音がとてもいいと思います。                                    
                    
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by naninunenonko0905 | 2007-12-15 00:07 | 旅の思い出 | Comments(4)

長野・日帰りの旅(2)

今回の旅は、実は夫といっしょでした。
長野へ所用で行くと言うので、私も同行し途中下車していとこの家に行ったのです。
帰りもいっしょに帰るため、長野の善光寺で待ち合わせました。
「牛に引かれて善光寺」ならぬ、「牛年(丑年)の夫に会いに善光寺」となりました。
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いとこの家でT夫さんから「宿坊を見ながら歩いては」と勧められましたが、時間がないのでタクシーで通ってもらい車中からその雰囲気を感じました。

本堂で夫に会いました。ひと足早く着いていた夫は「お戒壇めぐり」をしていて、私にも行くよう言いました。私は何のことかわからぬまま、入口へ向かいました。
階段を7段下るとそこは真っ暗闇でした。右手で壁を伝って進みます。前後に人がいて、話し声が聞こえるので恐くはないのですが、目を開けていても闇、こういうのはおそらく初めての経験で、とても不安でした。しばらく行くと、鍵に触れました。それからも闇の中を進むとやっと光が見えてきて、出口が見えて出ることができました。
後から聞いたところ、本尊の安置された真下の回廊を通り、中程に懸かる「極楽の錠前」を探り当てれば、本尊と結縁し、極楽往生が約束されるそうです。
回廊の長さはたったの45m、要する時間は数分なのですが、私には、とても長く感じられました。でも貴重な体験ができました。

お参りした後、「御朱印帖」を初めて買い、御印をいただきました。今後、お寺に行く時は持って行こうと思います。

d0111216_22311735.jpg帰りの新幹線の時間が迫ってきたので、仲見世通りを仁王門へと向かいました。
9年前、家族旅行で来た時に念珠を買った店や皆でおやきを食べた店を横に見ながら帰りを急ぎました。
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by naninunenonko0905 | 2007-10-25 22:53 | 旅の思い出 | Comments(2)